東京高等裁判所 平成9年(行ケ)204号 判決 1998年9月17日
愛知県名古屋市千種区今池3丁目9番21号
原告
株式会社 三洋物産
代表者代表取締役
金沢要求
訴訟代理人弁理士
後呂和男
同
高木芳之
同
小林洋平
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 伊佐山建志
指定代理人
八巻惺
同
小泉順彦
同
吉村宅衛
同
小池隆
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成7年審判第17129号事件について平成9年6月18日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成元年6月24日、名称を「パチンコ機」とする考案(以下「本願考案」という。)につき実用新案登録出願(平成1年実用新案登録願第74096号)をしたところ、平成7年7月11日拒絶査定を受けたので、同年8月9日拒絶査定不服の審判を請求し、平成7年審判第第17129号事件として審理された結果、平成9年6月18日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年7月24日原告に送達された。
2 本願考案の要旨
遊技球の発射、景品球の排出、遊技内容の制御等を行うための各種電気的機具を装着してなるパチンコ機において、
外部電源から枝分かれして一部の前記電気的機具に通じるプリント基板に印刷した印刷配線の途中にリセット操作可能な遮断器を配してなることを特徴とするパチンコ機。
3 審決の理由の要点
(1) 本願考案の要旨は前項記載のとおりである。
(2) 引用例
これに対して、実願昭62-78404号(実開昭63-186478号)のマイクロフィルム(以下「引用例」という。)には、パチンコ遊技機に係る考案が記載され、その明細書中には、「プリント基板2にはカプラーTc、Td、Teの他にヒューズFが取り付けられている。尚、プリント基板2には、ヒューズFとカプラーTとの配線やカプラーTどうしの配線等が印刷配線されている。」(明細書8頁10~14行)という記載がある。
これを含む明細書及び図面の記載からみて、引用例からは次の技術事項(以下「引用例考案」という。)が把握される。
「遊技球の発射、景品球の排出、遊技内容の制御等を行うための各種電気的機具を装着してなるパチンコ機において、外部電源から枝分かれして一部の前記電気的機具に通じるプリント基板に印刷した印刷配線の途中にヒューズを配してなることを特徴とするパチンコ機。」
(3) 引用例考案との対比、当審の判断
<1> 本願考案と引用例考案とを対比するに、引用例考案の「ヒューズ」は、本願考案の「遮断器」に相当するから、両者は、「遊技球の発射、景品球の排出、遊技内容の制御等を行うための各種電気的機具を装着してなるパチンコ機において、外部電源から枝分かれして一部の前記電気的機具に通じるプリント基板に印刷した印刷配線の途中に遮断器を配してなるパチンコ機。」の点で一致しており、遮断器が、本願考案では、リセット操作可能であるのに対して、引用例考案のものは、リセット操作ができない点で相違している。そこで、この相違点について検討するに、
<2> 配線の途中にリセット操作可能な遮断器を配することは周知の技術である。
<3> 本願考案は、引用例考案のヒューズ(遮断器)を、周知のリセット操作可能な遮断器に置き換えたものに相当するが、配線の途中に遮断器を配する際に、その遮断器として、リセット操作可能なものを使用するか、あるいはリセット操作のできないものを使用するかは、当業者が必要に応じて適宜選択すれば足りる程度のことであるから、本願考案において、前記置き換えたことは当業者にとって格別困難なこととは認められない。
(4) むすび
したがって、本願考案は、引用例と周知技術とから当業者が極めて容易に考案をすることができたものと認められるから、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。
4 審決を取り消すべき事由
審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)<1>、<3>は争い、同<2>は認める。同(4)は争う。
審決は、本願考案と引用例考案との一致点の認定を誤り、かつ、相違点についての判断を誤って、本願考案の進歩性を否定したものであるから、違法として取り消されるべきである。
(1) 一致点の認定の誤り(取消事由1)
審決は、引用例考案の「ヒューズ」は本願考案の「遮断器」に相当すると認定しているが、誤りである。すなわち、
「ヒューズ」と「遮断器」とは、「遮断する」という機能を有する点においては同一であるものの、「遮断器」はもともと回路の開閉機能を備えているのに対し、「ヒューズ」の機能には電源から遮断した後に再度電源に連結するという機能は含まれておらず、手段において共通ではなく、両者は本質的に相違するものである。
したがって、一致点の認定のうち、印刷配線の途中に配されているものを「遮断器」としたことは誤りである。
(2) 相違点についての判断の誤り(取消事由2)
「プリント基板に印刷した印刷配線」に対して、「ヒューズ」を「リセット操作可能な遮断器」に置き換えることは、以下の理由により、本願考案の出願当時においては極めて容易に考案することができなかったものであって、相違点の判断は誤りである。
<1> 一般論として、配線の途中に「ヒューズ」の代わりに「リセット操作可能な遮断器」を配することが周知であることは認める。しかしながら、プリント基板に印刷した印刷配線の途中にリセット操作可能な遮断器を配することは周知の技術ではない。
この点について、被告は、乙第2、第3号証を根拠として上記技術が周知である旨主張するが、上記乙各号証はパチンコ業界における技術文献ではないのみならず、これらが、審査・審判の段階では提示されず、本件取消訴訟に至って先行技術調査の過程で初めて発見され、提出されるに至った経緯、及び、上記乙各号証の公開日時(乙第2号証は昭和60年6月25日、乙第3号証は平成元年4月26日)からしても、上記乙各号証に開示されている技術が、本願考案の出願当時、パチンコ業界において周知であったとは到底いえない。
<2> 「プリント基板に印刷された印刷配線」は制御用であり、微弱電流で信号処理を行うためのものである。プリント基板の一部分が破壊されても、その影響がプリント基板全体、ひいては制御対象にまで及ぶため、従来は、過電流に対して素早く反応できる「ヒューズ」を使用し、損傷を少なくして迅速な復旧を図っていた。一方、「リセット操作可能な遮断器」は電力用であり、本来的には電流を流し続けることにその機能がある。
したがって、「プリント基板に印刷された印刷配線」と「リセット操作可能な遮断器」とが異なる技術分野に属することは明らかであり、プリント基板の技術分野に属する当業者であっても、両者を組み合わせることは容易ではない。まして、プリント基板を単なる部品の一つとして使用するにすぎないパチンコ業界における当業者が、「プリント基板に印刷された印刷配線」と「リセット操作可能な遮断器」との組み合わせを着想することは困難である。
第2 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。
2 反論
(1) 取消事由1について
純粋に技術的にみて、「ヒューズ」が「遮断器」と相違していることは被告も承知しているが、審決では、一般的に定義されるような意味で「相当する」と認定したのではなく、両者に共通する機能である回路を遮断する手段(すなわち遮断する器具)の点をとらえ、引用例考案の「ヒューズ」は本願考案の「遮断器」に相当すると認定したものである。このことは、審決が、本願考案と引用例考案との一致点として、「・・・プリント基板に印刷した印刷配線の途中に遮断器を配して・・・」と認定し、開閉機能に係わる「リセット操作可能」である構成要件を相違点としていることからも明らかである。
したがって、引用例考案の「ヒューズ」は本願考案の「遮断器」に相当するとした審決の認定に誤りはない。
(2) 取消事由2について
乙第2、第3号証により明らかなように、プリント基板に印刷した印刷配線の途中にリセット可能な遮断器を配することは周知の技術である。
ところで、本願考案と引用例考案とを対比すると、両者は、プリント基板に印刷した印刷配線の途中に遮断器(回路を遮断する手段)を配置する点で差異がなく、その遮断器がリセット操作可能であるか否かの点で相違するにすぎないのであるから、引用例考案の「ヒューズ」に代えて、上記周知の技術を採用する程度のことは、当業者にとって格別困難なことではない。
したがって、相違点についての審決の判断に誤りはない。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願考案の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
そして、審決の理由の要点(2)(引用例考案が「遊技球の発射、景品球の排出、遊技内容の制御等を行うための各種電気的機具を装着してなるパチンコ機において、外部電源から枝分かれして一部の前記電気的機具に通じるプリント基板に印刷した印刷配線の途中にヒューズを配してなることを特徴とするパチンコ機。」であること)についても、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。
(1) 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
甲第7号証(「JIS工業用語大辞典〔第4版〕」1995年11月20日発行)には、「遮断器」について、「常規状態の電路の開閉・通電のほか、異常状態特に短絡状態における電路を開閉し得る装置」と、「ヒューズ」について、「ある一定値を超える電流がある時間流れたとき、その可溶部分が溶断することによって、電流を遮断し、回路を開放する機器」とそれぞれ記載されていることが認められる。また、乙第1号証(「マグローヒル 科学技術用語大辞典 第2版」昭和60年3月25日発行)には、「遮断器」について、「電力系統が短絡などの故障状態にある場合でも開閉する能力を有するスイッチ」と、「ヒューズ」について、「過電流が流れたとき回路を開く装置で、過電流保護装置の一種。」とそれぞれ記載されていることが認められる。
上記各記載によれば、「遮断器」と「ヒューズ」とは、回路を開くという機能、すなわち、回路を遮断する機能を有する点では共通しているものの、「遮断器」は、短絡状態にある場合でも電路を開閉する能力を有するのに対し、「ヒューズ」は、遮断した後に回路を閉じるという機能を有しないものであると認められる。
したがって、「遮断器」と「ヒューズ」が同一のものでないことは明らかである。
ところで、審決が、本願考案と引用例考案との一致点の認定において、「・・・プリント基板に印刷した印刷配線の途中に遮断器を配して・・・」と説示し、相違点として、「遮断器が、本願考案では、リセット操作可能であるのに対して、引用例考案のものは、リセット操作ができない点」を挙げていることからすると、審決のいう「遮断器」は、回路を遮断する手段として機能するものを指しており、その趣旨で、引用例考案の「ヒューズ」は本願考案の「遮断器」に相当すると認定したものと認められる。
以上によれば、審決が、「引用例考案の「ヒューズ」は、本願考案の「遮断器」に相当する」とした認定は必ずしも適切な表現ではないが、審決の理由自体から、審決のいう「遮断器」が上記のとおりの内容のものと明らかに認め得る以上、上記認定をもって審決を取り消すべき誤りがあるものとすることはできない。
よって、審決の一致点の認定に誤りはなく、取消事由1は理由がない。
(2) 取消事由2(相違点の判断の誤り)について
<1> 当事者間に争いのない審決の理由の要点(3)<2>と弁論の全趣旨によれば、配線の途中に「ヒューズ」の代わりに「リセット操作可能な遮断器」を配することは、本願考案の出願当時において周知の技術であったことが認められる。また、乙第2号証(名称を「過電流保護器」とする考案に係る昭和60年実用新案出願公開第93254号公報。昭和60年6月25日公開)、乙第3号証(名称を「プリント基板用サーキットブレーカ」とする考案に係る平成1年実用新案出願公開第64840号公報。平成1年4月26日公開)によれば、プリント基板に印刷した印刷配線の途中にリセット操作可能な遮断器を配することは、本願考案の出願当時において周知の技術であったことが認められる。
上記各事実によれば、引用例考案のパチンコ機において、「ヒューズ」に代えて「リセット操作可能な遮断器」を採用する程度のことは当業者において極めて容易になし得たものと認められる。
<2> 原告は、乙第2、第3号証はパチンコ業界における技術文献ではないこと、審査・審判の段階では提示されず、本件取消訴訟に至って先行技術調査の過程で初めて発見され、提出されるに至ったこと、及び上記乙各号証の公開日時からして、上記乙各号証に開示されている技術は、本願考案の出願当時、パチンコ業界において周知であったとは到底いえない旨主張する。
しかしながら、上記乙各号証に開示されている、プリント基板に印刷した印刷配線の途中にリセット操作可能な遮断器を使用して回路を開閉する技術は、その機能からみて広く各種の技術分野に適用することができるものであること、乙第3号証の公開日時は平成1年4月26日であって、本願考案の出願日の約2か月前ではあるが、乙第2号証の公開日時は昭和60年6月25日であって、本願考案の出願日より約4年前であることからすると、各種電気的機具を装着してなるパチンコ機の製造を担当する当業者にとって、上記乙各号証に開示されている上記技術は、本願考案の出願当時において周知であったものと認められ、原告の上記主張は採用することができない。
また、原告は、「プリント基板に印刷された印刷配線」は制御用であり、微弱電流で信号処理を行うためのものであって、従来は、過電流に対して素早く反応できる「ヒューズ」を使用していたものであるのに対し、「リセット操作可能な遮断器」は電力用であって、本来的には電流を流し続けることにその機能があるから、両者は異なる技術分野に属するものであり、プリント基板を単なる部品の一つとして使用するにすぎないパチンコ業界における当業者が、「プリント基板に印刷された印刷配線」と「リセット操作可能な遮断器」との組み合わせを着想することは困難である旨主張するが、叙上認定、説示したところに照らして採用することができない。
<3> 上記のとおりであって、相違点についての審決の判断に誤りはなく、取消事由2も理由がない。
3 よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結の日 平成10年9月3日)
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)